いまから9年前の平成11年11月23日に秋田県大潟村で「第1回おいしい米づくり日本一大会」が開かれました。
この大会は団体や個人が収穫した新米を持ち込んで、家庭で炊くような方式(米を研ぐ回数や蒸らす時間、使用する炊飯器を統一する)で実施され、料理研究家小林カツ代さんら5人が審査員となって実際に口に入れて食べた上で味や香り、粘りを審査した大会です。その結果は無農薬部門では「岡山県産朝日米」が優勝しました。
このとき優勝したお米は「朝日米」と云いますが、実は「朝日米」は「旭米」ともいわれる兄弟姉妹の系列の総称です。
美味しいお米のルーツをたどると、必ず東日本の「亀の尾」西日本の「旭」に行き着きます。この旭米についての歴史を探ると、京都府乙訓郡向日町字物集女の山本新治郎が1909年(明治42年)「日の出」を栽培していた田んぼから二穂の優秀な穂を選別して1911年に「旭(あさひ)」と命名した。別名「京都旭」ともいいます。旭=朝日は共通して大粒種でさっぱりとした甘みがあって美味しいと評判になり、あっという間に市場評価が高まり旭米黄金時代を築きました。
昭和30年頃までは、関東では小粒米が好まれていたが、関西では旭種の影響で「大粒米でなければ米でない!」とまでいわれたほどです。
しかし、旭種は晩生種稲(十月に収穫)だったため、その後1960年代から顕著になった早生化の波に乗れなかった。
美味しいのに今日では一部の地域を除いてしか栽培されなくなってしまいました
最近に至るまでお米の品質改良が盛んに行われてきましたが、古代から伝えてきたお米は選抜種といって、ある年に突然に優れた性質を持った稲が育って実を結びます。
その種を集めて次の年に播いて増やし、同じように優秀な種を残してきました。人工的に品種改良をしたのでなく、自然のはたらきが作り出した傑作です。
これらの性質を先人たちは大切に守り育てて今に伝えてきたのです。
このようにして育てられてきたきたのが旭米ですが、時流に乗れず一度途絶えてしまったようです。(一部地域を除いて)
そんな中で滋賀県の農家らで作る(有)近江こだわり米工房の面々は、県農業試験場にタネとして保管されていた「旭米」を見つけ、その種籾10粒をゆずり受け,試行錯誤しながら最初の秋で二万粒ほどに増やした。さらに出荷できる量までには三年かかりました。旭米の特徴である甘みのある味を再現するには栽培するのがとても難しい品種で、育てる人の技量が問われるような不思議な品種だそうだ。こうした努力から30年ぶりの旭米の復活となりました。
たった一粒の種籾から2千粒、3千粒もの米を稔らせる稲と初めてであった先祖の人々は驚き、喜び、神(カム)ながらのはたらきに畏敬と感謝を抱き、大事に大地に根付かせてきたことでしょう。
「藻塩草」という大昔の辞書の言葉の中に、「稲は命の根也」とあり、稲をイネと呼ぶようになったともいわれている。
そんなことを裏付けるように滋賀県大津市内のアトピーの会では「滋賀旭米」を食べていくとアトピーが出なくなったという報告もあり、会としても滋賀旭を応援して広めようと、援農もしながら頑張っている。
当然会員たちのことを考えれば農薬は使わず化学肥料も使わない。農林水産省による新ガイドライン表示による「特別栽培米」の認証も取得している。
この「滋賀旭米」は普通のお米より一回り粒が大きいので、食べる時期に合わせて炊き上げる時の水加減を調整して下さい。 新米から年内は目盛り通りでOK。春先からは1.2倍くらいが目安です。
【滋賀旭の特徴】
●冷めても美味しい!
粒が大きいために冷めても美味しいから関西では寿司米としても重宝されている。
●自然が育んだ上品な甘み!
通常のお米より栽培期間を長くとっているので、その分土の栄養と太陽の光をたくさんもらっています。
滋賀旭米(特別栽培米) 生産者 田淵竹三郎さん
メモ:新米を炊いて食べてみました。塩にぎりは最高の味わいです。
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